そのイミ不明な『くそじじいどんぶり』

確かにネットで調べ物をするのは早くて情報の選択肢も多い(不確実な情報源だったり正確ではない情報もあるのでよくよく精査する必要はある)けれど、一方で昔ながらの辞書あるいは辞典といったアナログ資料というのもなかなかに捨て難いものがあって、先日もちょっとした英文を翻訳するにあたって大学時代から使っている英和辞典を開き、その情報量の多さと深さに感心したのも事実だ。
それではそういったソースやアーカイブスが万能かと言うと、それも万全ではないのだな。やはりネットならではのスピード感のある知識は、たとえそれが断片的で偏狭なものであったとしても論理を構築する方向性とベース確保を見誤らない限り有効なのは明白なのであって…ん〜なんだかハナシが難しくなってしまったなあ、つまり面白くて刺激のある情報はネットが圧倒的ってことなのね。
この『くそじじいどんぶり』ってのもネットで見つけたそんな情報なのであって、こーゆーキッチュな料理は世界中のレシピ本を探したって絶対に載っていない。つまりネットならではのベクトルとしてスルドく突き刺さってくるものなのよ。いや〜ナマエのインパクトに対してあまりにベタベタな内容と見た目!だけど美味そうじゃないか、いつかは作って食してみたいものだと思っていた。


Nikon  Ai Micro-NIKKOR 3.5/55  @ SONY α7

そのチャンスは意外に早くやってきた。哀愁のイナカ町スーパーで購入してきた『とろろそばセット』だけでは(ちょっと足りなさそう…)みたいな予感がして、こいつを思い出したのだな。
用意するものはドンブリと白ゴハン、それに塩コンブと目玉焼に紅生姜さ。たったこれだけ。お味が物足りなかったらベチャッとかけてしまおうと思いウスターソースも準備しておいたけれど、な〜にもうこれだけで充分美味しかった。塩分とほんのり醤油風味は塩コンブが担当し、コクとファッティーな満足感を目玉焼が演出する、そしてユルみがちな終盤を紅生姜がピシリと締める。素晴らしい!こんなにカンタンなのにねえ…。
だけど何で『くそじじいどんぶり』なんだろう、考えても考えてもそのイミは不明なのである。




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朝は未だ蕾だった黄バラ
昼めしを食して一服するのに庭に出てみたら
いや〜満開になってるじゃありませんか
こいつが今季第一号
予備軍が次々に待ってます



Nikon  Ai Micro-NIKKOR 3.5/55  @ SONY α7


本日のフォトは3枚ともNikonの旧いマクロレンズ・Micro-NIKKOR 55mm F3.5で撮影したものである。同じNikonのマクロAi-s55mmF2.8も所有していて重宝していたんだけど、なんだかヘリコイドが異常に重くなってしまい(そのレンズの持病ってハナシ)このところ遠ざかってしまっていたのよね。
そんな中、何の拍子か先日Y奥!でこのF3.5を樋口さん1枚アンダーで落札した。そして簡単なテストをしてみるとF2.8にも劣らない印象、決して遜色のない描写に驚くのである。


ハコネウツギ

Nikon  Micro-NIKKOR 3.5/55  @ SONY α7

それじゃあってことで世間の評判のよいF2.8と直接比較してみたくなったんだけど、そのままじゃ前述の理由で使えないのでヘリコイドの病気をテメーで治療しよう(ダメもとだしね、いざとなったらオリンパスのマクロもあるから)と決心した。開腹手術はタイヘンだったけれどいちおー使用可能な程度まで回復して昨日のカレーのフォトで見事復活を果たしてくれた。やはり銘玉と呼ばれるだけのことはあって非常に満足な描写であるが、小型軽量なのに抜群の性能であるF3.5のメリットもハッキリした。
新入りのF3.5にもそんな機会を与えなくては可哀そうかなあ…と思い『くそじじいどんぶり』を任せてみた。新デザインに変更されマルチコートも施されたこのレンズはAiタイプの初期型で1970年代の後半に製造されたもの、既に40年くらいの時を経てはいるのだけれど、こんなに素晴らしい性能を持った光学製品が当時は¥35000で…とニッポンの光学製品技術水準の高さに改めて感心するのである。
F2.8のほうは室内で、このF3.5はお出かけ用ってカンジかな。いずれも大切にすべき宝物であることは間違いない。